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院長の紹介

宮川準一の略歴
昭和24年 丑年、O型、東京都目黒区中目黒生まれ 品川区西小山で育つ
昭和43年 武蔵小山駅前にある都立小山台高校 卒業
昭和47年 調布の甲州街道沿いにある電気通信大学(電通大) 電波通信学科 卒業 (情報工学の生みの親;関英男教授に学びました)
  横河・ヒューレット・パッカード社電子計測部門(YHP、現在のキーサイト・テクノロジー合同会社)に入社
昭和47年〜 5年間 代々木の東京営業所勤務 千葉県担当営業
昭和52年 神戸市東灘区甲南町4丁目の灘高に面する社宅マンションに転居。(1回目の転居)
昭和52年〜 3年間 大阪支店勤務 兵庫県担当営業
昭和55年〜 3年間 神戸営業所開設・勤務 初代 神戸営業所長
昭和56年 社内結婚。家内が行じていた先祖供養に入会。
       ポートアイランド港島中町の公団住宅に転居して夫婦生活開始。(2回目の転居)
昭和57年  TQCデミング賞受診 Aスケ担当で受賞 (長男出産)
昭和58年末 (長女出産) 品川区の西小山の実家へ転居。(3回目の転居) 両親と同居
昭和58年〜 2年間 高井戸の営業本部 HP-IB計測システム企画担当課長
昭和60年〜 3年間 八王子の半導体本部 デジタルICテストシステム企画担当課長
昭和60年 父を亡くして世田谷区の上野毛のマンションに転居。(4回目の転居)
昭和63年〜 4年間 大阪の西部支社勤務 西日本担当の第一営業部長
昭和63年末 神戸市東灘区住吉東町3丁目の築30年の戸建てを借りて、母を連れて転居。(5回目の転居)
平成3年 バブル崩壊後 20年の永年勤続表彰直後にYHPを退社
平成4年 阪神御影駅前にあるシオカワ・スクール・オブ・カイロプラクティック御影校(現在は閉校)に入学
平成5年 同校を卒業、4月 自宅で~戸カイロプラクティックを開業
平成6年 習得したトムソンテクニック、AOT、光線・低周波療法を中心に施術
平成7年 阪神淡路大震災に遭うが家族5人は無事で、我が家だけはほぼ無傷で救われる。
  周囲は全壊のお宅ばかりで大変お気の毒でした。
  電気の開通に1週間、水道の開通に1ヶ月、ガスの開通に3ヶ月掛かりましたが、2月から営業再開。
平成8年 ヒラメキで頭蓋骨矯正の理屈や療法を得る。自分や家族に施し効果が出る。
     指テストの感覚が芽生える。
     食害・環境害に気付くと共に、改善策の探求が始まる。
平成9年 ホームページ(http://www.kk.iij4u.or.jp/~miyakawa/)を開設
平成11年 食害被害を知り樹液による解毒作用に気付く
      樹液を含む薬や天然素材;陀羅尼助コルクメープルシロップを無害化策として提案
      化学物質を無害化する液体としてサミットクリーナを応用して無害マンを発表
平成12年 独自ドメイン(http://www.kobe-chiropractic.com/)を開設
平成13年 Hanako Westに紹介され、一時的にお客様が殺到された。(その後は一切の取材をお断りしています)
平成17年 遺伝子組み換え食害被害の影響を問題視。ソルボで解毒
平成19年 出張サービス開始
      5月1日に東灘区御影中町4丁目の三階建てへ移転。(6回目の転居)
平成20年 11月無害オンと無害チャンを発表
平成21年 1月甚深ミミョウ(微妙)を発表
平成21年 12月ミニ・ミミョウを発表
平成22年 8月に甚深ミミョウをVer.7にして、ご自分で施術を公開
平成23年 1月に甚深ミミョウの最終版を発表
       3月に甚深ミミョウのユーザー向けに出張施術サービスを開始
       3月11日 東日本大地震が発生 14日に福島第一原発爆発
          28日に甚深ミミョウを大震災復興支援価格に値下げ
       8月に甚深ミミョウの価格に2個目からの追加分価格を設定
平成24年 5月1日に甚深ミミョウの登場で施術不要になり、閉院しました。
       5月甚深ユーゴー(融合)を発表しました。
       6月26日神戸市東灘区住吉宮町5丁目の築40年以上の古民家に転居。(7回目の転居)
       11月に甚深ミミョウのユーザー様宛にエーミー(笑み)を無償発送。
平成25年 4月に「宮川準一」としてfacebookを、「甚深ミミョウ」としてfacebookページを開始しました。
       7月に甚深ミミョウVer.9とVer.10にバージョンアップしました。
       11月に甚深ユーゴーを甚深ユーゴーPOWERにバージョンアップしました。
平成26年 8月黄色の円筒形の甚深トーゴー(統合)を発表しました。

平成27年 3月1日に宮川準一と神戸カイロプラクティックのfacebookを停止し消去致しました。
       4月18日に甚深トーゴーに新たに断熱片を追加し、効能を千倍に強化できました。
       8月26日に甚深トーゴーの断熱材に新素材を貼って2層断熱材にして一層効能強化しました。
       11月23日に甚深5グッズに若返りの効能を転写する素材(研磨材)を得て無償で郵送しました。
平成28年 6月甚深アソーギ(阿僧祇)を発表
平成29年 11月甚深トーゴー効能が10倍以上ゴム材に変更
平成30年 1月甚深ムリョウ(無量)を当院に設置できました。
平成30年 9月甚深カンキ(歓喜)を発売しましたが、10周年感謝祭につき甚深アソーギに無償添付する事にしました。



 平成5年4月に当時築25年の戸建て木造賃貸住宅の一室を施術室にして開業しました。賃貸で住宅地であったので、店構えは自作の質素な看板を1枚貼っているだけの質素なものでした。余りに粗末なので来院されると驚かれていた思います。(右の画像)
 しかし家主が大林組の建築家であったので、家屋の構造は堅牢で震災ではビクともしませんでした。

 開業から14年後の平成19年5月に、築40年になった住吉の古家から、やや西の御影に築20年のヘーベルハウス鉄筋3階建て賃貸住宅と巡り逢い、移転することができました。(下の左の画像)
 南は広大な駐車場、北は公園に面しおり、春は桜花爛漫、夏は蝉時雨、秋は紅葉の素晴らしい環境です。
 最寄り駅は以前と同じJR住吉駅ですが、今度は阪神御影駅と阪急御影駅からも、いずれも徒歩10分で来院戴ける便利な立地条件なのです。施術室は明るい3階に設けました。

 当院は私(院長;宮川準一)と家内と2人だけの家庭的な施術院です。
 予約のお電話を戴くと家内が応対させて戴いております。(左の画像)

成人した子供2人と、同居している家内の母にも定期的に施術をしてましたし、長らく解毒対策を施して参りましたので、今や家族全員健康に過ごしています。


 私は子供の頃は健康でした。たまに頭痛に襲われるくらいで体育は好きで元気に過ごせていました。中学・高校の頃はバレーボールに熱中しましたが、高校での部活では練習が激しかったこともあり、腰痛に悩ませれ痔が悪化して手術を受けたことがあります。
 大学時代は学園紛争が激しく頭痛が酷くなり、スポーツから遠のくようになっていました。

 若い頃は身長165cmで55kg程度でしたが、結婚した30才の頃から太りだし、サラリーマン時代の終盤の40歳前後は67kgになり、顔は浮腫んで体型も変わり果てていました。しかも頭痛がよく起こり、体がだるくて気力が出ず、風邪薬を飲んだだけで全身に赤疹がでたり唇が腫れたり、血糖値が高く肝機能も異常な状況でした。

 体調が悪いと言って退職すれば、2人の子供の教育費や家賃や食費など生計が不安でした。しかし家内は「お父さんの健康が第一!辞めてやりたい事をやって」を言ってくれました。そこで思い切って勤続20年を迎えた平成3年秋に退職しました。



 退職時には次の仕事が見つかっていませんでしたが、子供の頃から体が弱かった家内の「治療師になってくれたら!」という一言と、近所にカイロプラクティックの専門学校が有る事を知り、ここで学ぶことにしたのです。
 その学校の学長は日本でトップのガンステッドテクニックを施すカイロプラクティック・ドクター塩川満章先生で、「背骨矯正が神経を甦らせ健康を導く」という哲学や理論を様々教えて戴きました。自分のX線写真の分析授業の時、自分が第5腰椎の分離すべり症であることが分かったのです。同時にこの時期に多くの有名な先生方の背骨矯正を見たり、セミナーに参加したり、先生の矯正を受ける体験もできました。

 平成5年44歳の時に自宅でカイロプラクティック院を開業しました。当初は教えて戴いた背骨矯正のトムソンテクニック、ガンステッドテクニック、そして第1頚椎に施すアトラス・オーソゴナル・テクニックなどの矯正法と、光線や低周波などの理学療法を採っていました。

 ところが平成7年1月17日に阪神淡路大震災が起こりました。東灘区の当院周辺は全壊家屋が多く、大変な被害に見舞われました。しかし当院は幸いにも奇跡的に一部半壊で済み、家族全員無傷でした。電気の復旧に1週間、水道復旧に1ヶ月、ガス復旧に3ヶ月を要し、不自由な生活が続きました。
 2月には営業を再開しましたが、お客様は無く毎日が日曜日の状況が続きました。その間に、どういう訳か頭蓋骨の後頭骨の歪みが気になって、その矯正方法の体得に専念するようになったのです。そしてそれまで併用していた低周波電気治療や光線療法は止めて、頭蓋骨矯正だけにこだわるようにしたのです。多くのヒラメキを得ると共に、指先に感じる感覚を指テストと呼んで感覚を磨きながら、施術法の改善を進めて来て今日に至りました。

 私がヒラメキで得た頭蓋骨矯正の方法は、自分で自分の頭に矯正を施すことができたのです。今迄に色々なカイロプラクティックの先生に施術を受けましたが、今迄体験したことのないくらいの改善を実感できたのです。まるで呪縛から解けたように健康体に変われたのです。頭蓋骨矯正は他の療法と違って、他の先生に頼む事なく、自分で自身に施せるメリットが有ったのです。
 自分の頭に矯正を施す試行錯誤で、施術方法の改善も図ることができました。実は私自身の頭をチェックした時、私の頭も生まれつきの強く回旋歪みを持っていることが分かったのです。顎が左に7°後頭部が左に20°向いておりました。これでは体調がだんだん悪くなってきたり、歯や顎の調子が悪かったのも当然だと分かりました。45歳の時期に自分の頭の歪みの存在を知って、自分の矯正で健康になれたのは本当にラッキーだったと思っています。
 今は顎も後頭部も回旋歪みはほぼ0°で、妻が励行している害毒対策の効果もあって体重も学生時代の56kgに戻り、元気に楽しく頭蓋骨矯正の天職に勤しんでいます。


 

 勿論お客様に対してヒラメキで得た療法を施させて戴きました。
すると右の動画のように、施術で回旋歪みが消えると、術後の姿勢が激変するのです。
全てのお客様の施術前の施術後のお写真を撮って、お帰りの際にお渡しして喜んで戴いておりました。




 もし阪神淡路大震災でお客様が途絶える事が無くて、この頭蓋骨の歪みや矯正方法の閃きがなかったなら、私自身に内科疾患が進行して今頃は闘病生活をしていたかも知れません。仕事としてお客様の体調改善に貢献するどころか、自分の体調が悪くてはカイロプラクティック院を続けること自体が困難だったに違いありません。

 また6歳年下の私の家内も生まれつき虚弱で、医療ではなかなか改善できなかったので、子供の頃から整体などの民間治療に高額の出費を強いられていたようです。それでも体調は良くならず、小学校から高校まで体育の授業は何と全休!という異常な学生生活を送ってきたのだそうです。
 そんな家内も私の修学中に色々なカイロプラクティックの先生の施術を受けましたが、改善はありませんでした。
彼女が40歳の頃から当然私が彼女の頭に頭蓋骨矯正を施しました。家内の矯正前の写真を見ると、顎に7°後頭部に20°の強い歪みがあったのです。矯正後しばらくすると着実に効果が現れてきました。何ヶ月かする内に体が疲れなくなってきて、買い物帰りに休まなくても体を動かし続けられるようになり、年を重ねる毎に健康な体になってきたのです。50歳を過ぎて更年期障害は全く無し! 今では生まれ変わったと言える程元気になっています。

 しかも私が感じ取れるようになった有害物を判別する感覚に、家内は否定どころか同調してくれたました。
竹でアク取り液を作ったり、次々に閃く解毒液作りや無害化策にも、素直に援助してくれました。そして食と環境の改善と共に、指テストの感覚も一層敏感にさせることができたのです。

 また家内も指テストを訓練して感覚を養い、無害化対策を徹底的に実行してくれたので、我が家の食と環境は順調に改善することができた訳です。その効果は家中の一層の健康作りに役立ったのです。
 築40年の古い家ですが建材や内装は無害な上に、閑静な住宅地なので、穏やかな環境作りを進めることができました。

 年子の二人の子供達も強い頭蓋骨の歪みを持っていた上に、母胎もバランスが悪かったせいで、二人共早産で未熟児で産まれました。しかもいずれも出産前に陣痛促進剤を投与されたそうです。二人目の出産では破水や掻爬で家内は相当のダメージを受けました。
 最近二人に、子供の頃の体調を聞いてみたら、長男はしばしば頭や目の痛みがあって辛かったとか、長女も偏頭痛があってしんどかったそうで、幼児期は訳もなく激しく泣き続けることがあり親として悩まされた時期もありました。しかし私の頭蓋骨矯正を受けだした10歳頃から二人の頭痛はなくなり楽になったそうです。しかも低学年の頃までは運動会で二人共走りは遅かった筈なのに、6年生の時には徒競走でいずれも一位になる程足が速くなっていたことに驚かされた記憶があります。

 長男は私と同様に電気系の大学を卒業し、長女は美術系専門学校を卒業しました。今では二人共を健康で穏やかに社会人生活を送っております。
 娘が大阪の美術専門学校時代に、最初の作品が私達夫婦に描いてくれた右上の絵です。夫婦の在り方を天からの空中ブランコに例えて描いてくれました。私達の宝であり、縮小版を施術室に飾っています。

 私にとっての喜びは、家族が健康になれたことに加えて、例え10年前に強い歪みを持ってお越しになられたお客様でも、1回矯正させて戴いた効果が未だに持続しており、元気になられていらっしゃる姿をお見かけできることです。

 数年前から矯正前後に撮影した背中の写真を見れば、矯正前と矯正後の歪みの程度を角度で読みとれるような感覚を得ることができました。10年前のお客様でも矯正前後の写真を撮影して今でも保存してありますので、その写真を現在見返せば、初日の施術前後の歪み角度を読みとることができるのです。すると10年前でも矯正後はほとんど歪みが取れていることが確認できたのです。そして最近その方のお姿をお見かけすれば今の歪み角度が読みとれますので、矯正効果がずっと持続していらっしゃることが分かるのです。

 一方で小さなお子様を見る度に、頭蓋骨を歪ませて産まれたお子さんの数がどんどん増えていることが分かります。何とかしてあげられないものか歯痒くてなりません。

 またその後、回旋歪みの角度だけでなく、体内麻薬の濃度、有害性や被害の強さ、生命力の強さ、脳脊髄液の流れの強さなど次々と量的な大きさを測る感覚を身に付けることができるようになりました。

 いずれにしても当院の頭蓋骨矯正は、生体反応を利用して施術の場所矯正の方向矯正の力の強さ矯正の持続時間などを、1カ所毎に「もう充分!」という生体反応を感じ取れるまで矯正を施すと言う私特有の方法を採っています。このように感覚を利用して頭蓋骨矯正する方法や、回旋歪みのロックを解くと言う矯正概念や、感覚を利用して害毒の有無を判別し解毒・無害化対策をヒラメキで会得できた自然な流れに感謝している次第です。

 米国で開発された頭蓋骨矯正を習得されたカイロプラクティックドクターが、東京の中心地や大阪などの大都市で大規模に店舗を展開されているケースがあります。私にはそのような器はありませんし、そうしたくもありません。
 たまに施術の技を教えて欲しいと訪ねて来られる方がいらっしゃいます。スクールを開いたら・・・という声もあります。しかし私の技は感覚を活用する特殊な方法なので、どなたかにお教えする事はできないのです。私が引退したら感覚を駆使したこの矯正法も終わりになるのでしょう。
 また雑誌などの取材も、以前予約4ヶ月待ちの混乱を招いてしまった経験もあるので、それ以来一切お断りしています。
 私が直接お客様とお話をして矯正に当たり、メールへの対応、HP更新も私が行って、人に任せることはしたくないのです。

 平成16年に家主が変わり、築40年の家の老朽化に伴い改築したいという要求があって、退去を迫られていました。なかなか無害で便利な条件の物件が見つからず困っておりましたが、平成18年になると環境の良い同じ東灘区の御影中町に築20年の素晴らしい物件が見つかりましたので、急遽5月1日に移転することになりました。不思議な成り行きに感謝し、5月からの新たな展開に胸を膨らませております。



 害毒対策についてですが、平成11年の頃から、娘の食中毒の際に食べたスーパーの巻き寿司をチェックしたろころ、切り口に強い有害反応を指テストで感知できたのです。この時が最初に食害を判別したきっかけになりました。
この体験がきっかけとなって、指テストを活用することで、食害の有無や強さ、解毒方法や解毒効果を感じ取れるようになったのです。
 当初は天然毒(アク)をで解毒する方法を模索してメープルシロップ陀羅尼助など樹液商品の活用に集中しました。



指テストで生体が被害時に拒絶反応する神経反射を感じ取れるようになった後に、頭にヒラメキが起こってアイデアや判断を天から指示して戴ける感覚も得られた事が分かったのです。

 平成12年冬には腰痛の再発で来院された男性の着てきた皮のコートが有害であった事を知り、ヒラメキがサミットクリーナを指示されると、それを対象に噴霧すると無害化できる事を発見をすることができたのです。
 そこで平成13年には化学物質害をサミットクリーナで解毒する解毒方法や、品物に吹き掛けて無害化する方法をお勧めするようになりました。
 また平成15年に布団などの害を消すツールとしてダスターにサミットクリーナなどの無害化液を塗って無害マンという商品をヒラメキから得て発売しました。
 平成16年には樹皮のコルクの効能をヒラメキから得てコルク枕を作って販売致しました。



 平成15年の頃から遺伝子組み換え被害で頭を12°歪ませて来る人が現れてきました。平成16年にはソルボ素材で解毒や鎮静化する対策をヒラメキから提案しました。
ソルボ素材を溶かした解毒液を食材に垂らしたり、ソルボ小片をポケットに入れて暮らす方法をお勧めしたのです。
 平成18年には遺伝子組み換え食害が強まり、日本人のほぼ100%の人が被害で少なくとも12°の回旋歪みを作ってしまう状況に陥ってしまいました。その内の極めて多くの方が心身の不調でお困りではないかと懸念していました。
 平成20年になるとソルボ商品が新商品に代わってしまい、旧商品が入手できなくなってしまいました。その後は出汁昆布を閃き総合解毒液にバトンタッチしました。世間では秋葉原事件など発狂状態の若い人が現れ、犯罪が激増してきました。
 そんな折り、10月に音で家中の品や食材が無害になる作用と製法をヒラメキから知り、無害オンとして発表できるようになりました。遅れて持っているだけで食材を無害にしてしまう液体を発見し、無害チャンとして発表しました。簡単に安価に解毒や無害化ができるので、すぐに購入して戴く方も現れました。

 今やインターネットの時代ですが、無数のサイトの中からほんの一部の方だけが苦痛に悩まされてネット検索で当院のHPに辿り着かれます。その中からほんの一部の方が当院矯正内容に賛同されて来院するか、甚深ミミョウなどのグッズを購入して戴けるのです。 そして来院された方の勧めに乗って、ほんの一部の方がご来院かグッズの購入をして戴けます。そうした縁ある方は累計で1万人くらいでしょうか。
 そうしたほんの一握りの方との出会いを大切にして、生来の回旋歪みを解いてバランス改善して戴くことに専念しております。
 そしてその中の一部の方に無害オンと無害チャンによる害毒対策を継続して戴いて、心身共に真の健康体質になって戴く「健康作りのお手伝い」をさせて戴くことが私に課せられた使命だと自覚させて戴いております。

 平成19年は5月に引っ越しという一大事がありました。その前後の心労もあってか体重が50kgに減り、体調を崩してしまいました。年末に生まれて初めて入院する結果となりました。軽い脳梗塞と診断され、血糖値が異常に高くなっていたのです。
 社会人となった息子と同じ肉料理を食べ、ご飯をお代わりし、毎晩酒を飲む生活。そして自家営業につき通勤が無く運動不足だったのが原因で脳梗塞を起こしてしまったようです。
「頭蓋骨を矯正して、無害化対策も徹底しているのに、どうして?」とショックでしたが、入院中に糖尿病治療を受け、退院後は家内がカロリー制限の食事療法に励んでくれたお陰で、すぐに血糖値は低下して薬無しで生活できるようになりました。
 実は入院中に病院内の環境や食事、投与される薬の性質や、MRIとかCTなどの検査装置、他の患者さんの具合や医師・看護士の健康度など、色々見ることができました。退院後にとても貴重な体験が出来たと感謝しています。

 平成20年は家内の絶大なる協力を得て、生活習慣の改善を図り、すっかり体調の立て直しを図る事ができました。
還暦を控えて生活を一新すると感覚が一層敏感になり、年末になるとヒラメキを感じ取ってそれに従い、手技で矯正しなくても、持っているだけで回旋歪みのロックを解いてしまうグッズを作る事ができたのです。
不思議なグッズなので法華経で表現される「甚深微妙」から甚深ミミョウという品名で、価格は10万円という値付けをヒラメキからさせて戴きました
携帯していると自分以外に周りの人の回旋歪みのロックも解いてしまうので、社会的な施術効果は劇的に拡大できてしまう、将に甚深微妙なグッズをヒラメキから出現できたのです。

 そして平成21年元旦に、甚深ミミョウと甚深ミミョウの効能を転写したミニ・ミミョウと呼ぶ安価なトンボ玉をご提供できるようになりました。
特に甚深ミミョウがあれば、自然に元気になって戴けるようになったのです。
 またスポーツニュースや大相撲を見ると、男子プレーヤに全員回旋歪みのロックが起こっているのが分かりました。天はこうした悪世の到来を予期するように甚深ミミョウというグッズを考案させて戴けたのだと悟った次第です。

しかし余りに高額で効能が信じ難かったので、なかなか購入して戴けませんでした。
それと共に、施術の予約は激減してしまいましたが、還暦を越えた私の健康面では、丁度良い変化なのだと感謝しました。

 平成23年に甚深ミミョウを被害回避できるVer.8に更新できました。
そして3月11日に東日本大震災福島第一原発の事故が発生しました。全国に放射能汚染が広まる中で、甚深ミミョウは放射能被曝を無害化したり放射能物質の被害を回避できる効能が威力を発揮できるようになりました。
 甚深ミミョウVer.8の誕生は、まさに想定外の原発事故を見越して事前に用意されたように思われ、不思議な力と流れに感謝している次第です。

 しかし放射能汚染によりお客様を施術をする場合、甚深ミミョウの購入を前提にして戴けないお客様を施術しても、すぐに歪みが再発し施術が効かなくなってしまい、予約を戴けるケースが一層減ってしまいました。
当然、施術院の経営が成り立たなくなり、平成24年5月1日に閉院して、6月26日に古民家へ転居する事になりました。施術室が無い住居専用で、築40年以上の古い日本家屋ですので、家賃は以前の半額で家計が楽になりました。

  


 一方で甚深ミミョウのユーザー様に満足度を伺うアンケートを実施したところ、相変わらず不調の方がいらっしゃる事が分かりました。
 不調なユーザー様に対して写メでお顔を診断した所、第一の原因として、以前から問題であった奥歯の高さ異常を共通してお持ちである事が分かったのです。そこで歯科医院にお願いしなくても解消してしまうグッズを求めていた所、閉院と同時期の5月2日にヒラメキで甚深ユーゴー(融合)というグッズを発表する事ができたのです。
 早速当院のブログで甚深ユーゴーと歯の高さ異常の問題を紹介し、転居が落ち着いた7月末にHPを更新できました。

 表紙のページを簡素化すると共に、10年近く前に長女が描いてくれていた絵が、私達夫婦がヒラメキの元で生きる事を示唆していたのと、甚深ミミョウと甚深ユーゴーが天から授かった存在である事を示唆していたので、掲載させて戴いた次第です。
 甚深ユーゴーが有っても精神的な鬱傾向が解消できない方がいらっしゃいました。そこで精神面での改善を促せるグッズを求めていた結果、11月中旬にエーミーを得られ、無償で甚深ミミョウのユーザー様宛にお持ちの甚深ミミョウの数のエーミーを郵送させて戴きました。
 何とか全てのユーザー様が、心身共に元気になって戴けないかと神仏に縋る思いです。

 その後甚深ミミョウはXer.9からVer.10、そして最終的にVer.10.7に、甚深ユーゴーは甚深ユーゴーPOWERにバージョンアップできて、両グッズの携帯で生命力の増大と全身の大改造を早められるようになりました。ここまでの対策は健康維持を邪魔するマイナスの要因を排除するもので、健康への必要条件でありました。

 残るテーマは健康作りを促進しプラスの効能を持つグッズを出現です。そして平成25年に甚深トーゴーをヒラメキで考案できたのです。先ず黄色い円筒状のグッズを得て、8ヶ月後に断熱片を、1年後に2層断熱材を得て、オキシトシンと呼ばれる精神を安定させるホルモンの濃度を正常化する効能も加える事ができました。
 そして自分だけでなく周囲の他人の心身も健康になって戴ける効能も得る事ができたのです。

 甚深ミミョウエーミー甚深ユーゴーPOWER甚深トーゴーを加えた甚深5グッズを携帯して、全身の肉体と精神の改善を営んで戴けるような効能も得られたのです。

 そして若返りや美肌の効能を甚深5グッズに転写するヒラメキを賜り、転写材を甚深トーゴーのユーザー様へ無償で郵送しました。本当に若返りや美肌が実感できるかは個人差や月日を要すると思いますが、一層健康になって戴けるものと期待しております。

 そして平成28年6月に最終的に全身の健康維持能力を高めて不老長寿を狙った甚深アソーギ(阿僧祇)を発表して、お持ちの複数の甚深5グッズと交信して健康管理システムを構築して戴けるようになったのです。
 若返り効能と称した甚深5グッズへの転写処理には、半年後に甚深アソーギと健康管理システムとして交信する力を養う意味があったのです。
 阿僧祇とは無限に近い量を意味します。健康作りのお手伝いを生涯掛けて支援するグッズに拡張されたものと信じます。
改めてヒラメキの力の有難さに感謝しています。

 甚深トーゴーを採用戴くには生命力が5,000カウントに至る必要があり甚深3グッズを半年携帯しなくてはありませんでした。
また甚深アソーギが有効になるには、甚深3グッズに甚深トーゴー(2グッズ)を加えた甚深5グッズに研磨材を24時間添えて若返り効能を転写して、その甚深5グッズを半年携帯して肉体に若返り効能を吸収させる必要がありました。
つまり甚深アソーギを採用戴くには甚深3グッズ購入から1年間携帯する必要があったのです。
この複雑さを何とか簡素化できないかヒラメクを待っていました。
すると甚深アソーギでサーチュイン遺伝子をONにしてから半年後の平成29年11月にやっとヒラメキを賜り、ゴム材に特殊処理を施して新たな効能を持つ新甚深トーゴーを得る事ができたのです。
その効能の御陰で甚深トーゴーなら生命力が月に2,500カウント上昇できるようになり2ヶ月で5,000カウントになり、しかもその時点で若返り効能吸収期間無しに、すぐに甚深アソーギを採用戴けるようになりました。
また甚深アソーギの効能も、サーチュイン遺伝子をONにするのに18時間の絶食を必要とせず、携帯すればすぐにサーチュイン遺伝子をONに、染色体のテロメアの長さや骨ホルモンのオステオカルシン濃度も踵落としをしなくても携帯するだけで適量に維持されるようになりました。複雑だった甚深トーゴーから甚深アソーギへの充足過程をシンプルにする事ができたのです。

甚深アソーギの効能アップを待っていたように、平成30年1月末にヒラメキからお客様方の甚深アソーギに新たな効能更新データをダウンロードする甚深ムリョウ(無量)を当院に設置する事ができました。


そして平成30年9月には甚深アソーギと共鳴して心の歓喜を養う効能を持つ甚深カンキをヒラメキからご提供できました。
苦境に陥った際にも強い心で乗り切れるような力を支援できるようです。

また発売当初から布袋を家内が製作していました。
しかし縫製が細かく難しい事から、その10月より既製品に替えさせて戴きました。
やや小さ目なのでグッズを背合わせで収める方法を採ります。


 今日に至れたのは、私に賜るヒラメキに抵抗や否定をせずに協力してくれた家内の存在を欠かす事はできません。
そんな家内に心から感謝すると共に、今後も夫婦協力して五感を高めながら、甚深ミミョウと甚深ユーゴーと甚深トーゴーと甚深アソーギをネットでご提供する事で、皆様の健康作りのお役に立てるよう感覚を磨き努力精進すると共に、心も磨き私達の小さな器に合ったサイズで皆様のお役に立とうと考えています。

 何卒宜しくお願い致します。



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